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キャリア対談 <事務系 × 技術系>2人の部長が語る等身大の共電
歩んできたそれぞれのキャリアと仕事の魅力 山内 智弘×村上 弘

  • 山内 智弘

    住友共同電力株式会社 : 総務環境部長山内 智弘

    山内 智弘年表
  • 村上 弘

    住友共同電力株式会社 : 技術部長 兼 技術部リーダー村上 弘

    村上 弘年表

共電マンとしてキャリアのスタート

村上

私が入社したのは、1990年。山内さんは?

山内

1992年の入社ですから、村上さんの2年後輩です。私も村上さんも、バブルの絶頂期で学生の売り手市場でしたね。そんな中で、共電に入社した決め手は何でしたか?

村上

地元志向が強かったことと、機械出身だけど発電にも興味はあったから。山内さんは?

山内

私は地元意識はあまり強くなかったのですが、たまたま帰省した時に、当時の採用担当者の方から連絡があり、非常に熱心に誘ってくれたのが大きかったですね。

村上

そうか。仕事じゃなく採用担当の人柄に魅かれて共電に興味を持ったんだ。

山内

一緒に働く人たちを含めた職場環境を重視していたのかもしれません。会社規模もコンパクトで、自分のやりたいことや意志が反映されやすそうだったのも大きかったです。

村上

次に入社してからの話だけど、私の最初の配属先は西火力。そこから火力マン、村上がスタートした。

山内

私は人事からのスタート。1年間は教育期間で「先輩の仕事を盗んで勉強しなさい」みたいな雰囲気でしたね。

村上

重いバルブを人海戦術で大汗を掻きながら回すような仕事もあった。、知識や経験では先輩にはかなわないけど、体力には自信あったので、その時は会社に役立っているっていう満足感があったよ。

山内

自分は仕事の学びもそうですが、寮生活からもいろんなことを学びました。村上さんのように個性的で後輩思いの先輩がたくさんいて、仕事の相談やプライベートでも付き合いがありましたから。

それぞれの20代の挑戦と最初の転機

対談の様子
村上

20代のころを振り返ってみると、頼りがいのある先輩の存在と同じように、上司の存在も大きかったと思うな。影響を受けたというか、うまく乗せられたというか。

山内

わかります。上司、つまり会社がチャンスを与えてくれたということですね。私の場合は、人事に配属されて1年後に、「君には外部の人を相手にした仕事をやらせてあげるから、経理(資金)をやりなさい」って上司に言われました。ちょうどその頃、新しい仕事にチャレンジしたかったから嬉しかったですね。それから資金調達などの仕事がはじまった。

村上

人事から全く畑違いの財務への異動だけど、大変だった?

山内

入社2年目の社員に、億単位の資金計画から資金調達の交渉業務まで任せてくれて、勉強することも多くて大変でしたが、とても充実してました。

村上

私の場合は、「おまえのためにいい仕事をとってきてやった」って上司に言われ、入社7年目で初の外部業務が海外プラントでの試運転業務だった。それまでは大ベテランの仕事だったから驚いたね。
今振り返れば、その2年前に電気事業法の改正があって、会社も大きく変わろうとしていたときだった。若手の自分にチャンスを与えてもらえたのかもしれないね。

山内

確かに、あの電気事業法の改正で共電も外部へ供給できる道が拓けて、関係会社も含めて外にも目を向ける方向に転換していきましたね。

村上

それまで共電グループは限られた範囲の企業に電力を供給していればやっていけた。だけど、そうはいかなくなってきたよね。

山内

確かに、なんだか風向きが変わってきたぞっという実感はありましたね。もう、守るばかりでなく、攻めないといけない。ちょっと面白くなってきた。と。

村上

何か大きく変わってきてる気配はあったけど、まさか自分がしかも海外へという思いだった。

山内

30歳目前での大きな転機ですね。海外での仕事はどうでした?

村上

トラブルが起こるのが当たり前、言葉はあまり通じないで、共電とは全く別世界にいるみたいだった。がむしゃらにチャレンジすることでトラブル対応力も磨けたし、英語も少しできるようになったから、今振り返ると貴重な経験だったよ。いろんな意味で視野が広がったように思うよ。

火力マンから国内初都市型バイオマス発電所所長への道を歩む 村上

対談の様子2 対談の様子3
山内

海外の勤務から戻ると、壬生川火力発電所燃料転換プロジェクトがありましたよね。

村上

そうだね、1999年には壬生川火力発電所で重油から石炭への燃料転換プロジェクトがスタートし、このプロジェクトにもメンバーとして関われた。会社としても大型投資となる大事なプロジェクトだったので、関われたことは大きな意味があったと思う。

山内

それ以降は新しいチャレンジが目白押しでしたね。燃料転換プロジェクトの次は、西火力3号機建設プロジェクト。それから、村上さんが初代所長として大抜擢された川崎バイオマス発電事業プロジェクト。

村上

他にも適任者はいたと思うけどね。「川崎バイオマス発電所の所長をして欲しい」と上司から言われ、自分に努まるのか不安を抱えつつ、面白そうだからチャレンジしようと神奈川県川崎市へ飛び込んだ。 建設の技術的な検討だけでなく、試運転の進捗管理、官庁との折衝、燃料調達先や灰の処理先の開拓など、周囲のサポートも受けながら初めてばかりの仕事をやり遂げ、無事に川崎バイオマス発電所の営業運転を迎えることができた時はほっとしたよ。

山内

共電事業の中で、初めて四国外に発電設備を建設したということでは歴史に輝く金字塔、意義深い事業でしたね。

村上

川崎バイオマスではたくさんの人に協力してもらった。山内さんにも愛媛から応援に来てもらったよね。

山内

その時は総務部に在籍していて、人事関係や地元対応など自分の経験が会社のために活かせると思い、勇んで向かいましたよ。どれだけ役に立ったかはわかりませんが。

村上

さすがだな、と思ったよ。社内で山内さんが活躍している噂は昔からきいていたからね。

事務方のオールラウンダーを目指した 山内

山内

私も振り返ってみると、やはり、燃料転換プロジェクトが大きな出来事でしたね。当時は、経営管理にいましたが、燃料転換もIPP(独立系発電事業者)も始まった時期でした。

村上

会社の舵も大きくきられた。制度も変わっていったから、その対応も大変だったと思うよ。

山内

1995年に電気事業法改正があり、その対応もあってとにかく忙しかった。毎日新しいことを勉強する日々でしたね。主に電力需給の仕事や経理予算や長期計画を立てたりしていました。会社の経理に関するいろんな仕事を経験できたのは、大きな財産になりました。

村上

自分もそうだけど、少し背伸びした仕事をいつも与えられ、上司がときにやさしく、ときに厳しく育てて、自然と一人前になれるよう愛情を持って育ててくれたよね。

山内

まさにその通りです。その後、2002年に総務部に戻ってきたのですが、そのあたりからですね。一人でいろんなことに取組むようになったのは。

村上

内部の調整、外部との交渉、経理、遠くからみていても、あらゆる仕事をやらなければいけない。だけど、やればなんでもこなしてしまう。そんな人に見えていたよ。

山内

それはちょっとほめすぎですね。うれしいですけど。総務部では人事が長かったですが、人事制度の改正などいろいろな取組の中でも、社員の育成の施策を検討したのは印象に残っています。経営層から「これからの共電グループの将来は人材にかかっている!人材育成は最重要課題だ!」という方針をもらい、現場の方も含めて検討チームを作り喧々諤々議論したのを覚えています。検討結果の報告の際に経営層から「後は熱意をもって運営しなさい」と言葉をもらって、大変意気に感じたのを覚えています。2012年には総務へ異動し、対外交渉や広報、組織運営の見直しそれから法務関連などの仕事が増えていった。いろんなステークホルダーとの関係構築がものすごく大事な時期でしたね。

村上

東日本大震災後の電力システム改革への対応もあって、会社も、中期経営計画のフェーズ1が動き始めたときだったね。

共電マンとしての心意気と次の挑戦

村上

互いにいろいろな経験をしながら学び、成長させてもらったけど、これからも、まだチャレンジだね。

山内

そうですね、これからですが、いまは、どんなことに取組んでいますか?

村上

いまは、当社初のLNG火力建設計画が大きなテーマ。また、新たな発電所建設に関わることができるようになったのは、非常にありがたいね。

山内

電力システム改革のなかで、電力自由化や発送電分離など新しい動きがあります。自由化の中で圧倒的な競争力を達成していかなければならず、取り組み課題が山積しています。

村上

電力業界自体も大きく変わっていくのは間違いないね。これからを託す、若い人にどんなことを期待しているの。

山内

当社の傾向としてまじめな人が多いですが、よくよく聞くと、みんないろんな意見を持ってます。もっと、自信をもって、自らの主張を前面に出す元気を持ってほしいと思います。

村上

そうした雰囲気を作るのも僕らの仕事かもしれないね。伝統的に真面目な人は多いけど、僕らが若いときはやんちゃだったよね。山内さんもその一人だったし。それから共電は、電力業界でも一目置かれる、きらりと光る会社。コンパクトな会社の中で働いてきたからこそ、電力全般が理解できている人が多い。

山内

村上さんのようないろんなことができる技術者がいるのもうちの強みじゃないですかね。電力設備の建設から運用までの幅広い知識を有するゼネラル的な人材が特徴。技術屋とか事務屋とかいった枠にはまらない、あえて種類を分類すると共電マンですね。

村上

私もよく山内さんに法律などのわからないことを気軽に聞いてきた。今もだけど…。

山内

お互い、影響しあってやってきましたね。うちは、コンパクトな会社なので、仕事で衝突しても、納得すればすぐに連携ができる。比較的部署の垣根がない会社だと私自身は思います。

村上

これから電力システム改革で外に向かって仕事をする機会がますます多くなって、少数精鋭で外のライバルと競争しながら仕事をすることが普通になっていく。だからこそ、団結感、コンソーシアムというか、そういう意識がもっと欲しいかな。

山内

チーム共電ですね。これからは若い方がいろいろチャレンジできるわくわくする時代。今回は2人で話しましたが、10年後は、今の若い人たちとも会社の将来の事を話す機会ができたらいいですね。

村上

山内さん、そんな考えもう古いですよ。とかいわれるよ。きっと。

山内

いや、それを大いに期待しましょう。どんな共電マンとどんな夢のような話を語れるか、楽しみですね。

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